03 / 罪を背負う獣
罪を背負う獣(後)
公園の男性は、木の根元をスコップで掘り続けていた。
今までも、公園の治安維持のために何度か森林地帯で作業をする人の姿を見たが、あの木に触れる者は一人もいなかった。
それ故の想定外…
最悪の事態が頭をよぎる中、深呼吸をして自分を落ち着かせる。
対処の仕方は、”あの日”から常に頭の中に刻み込まれている。
夫が寝ている事も忘れ、台所まで走り包丁を取り出す。掴んだ右手の震えを左手で覆い震えを取り除いた。厚めのエプロンを着、ベランダから車椅子を乱暴に部屋の中に入れ、玄関で帽子を被り車椅子に乗る。包丁をタオルで包み、背中に隠して、ゴム手袋を尻に敷き、準備はできた。
もう一度深く深呼吸をして勢いよくドアを開けて外へ出た。
マンションの入り口は正面玄関が1つあるだけである。車椅子での移動であったので、正面玄関まで来るのにも時間を要した。加えて、ここからでは森林地帯の様子を見る事が出来ない。
私は焦りながらも、平静を装い、不自然に感じられない速度で公園に近づいた。 入り口まできてようやく男性の姿を捕える事が出来たが、少し様子がおかしい。 顔を下に向けたまま直立不動である。足元のスコップは地面に突き刺さったままだ。
その反応を見て確信した。
彼は、”アレ”を見たのだ。
背後から彼にゆっくり近づくと、彼の方が私に気付き、振り返った。
「どうなされました?顔色が悪いですよ?」
まずは確認しなければならない。地中に埋まっていたアレが、本当に掘り起こされているのかを。
「あ…ち、ちょうど良いところに。これを見て下さい。今日、作業のためにこの木の根元を掘っていたら、こんなものが…」
慌てる男性の足元には、白骨化した人間の頭部が、私の方を見つめているかのような格好で、そこにあった。
私は、いかにも慌てた口調で男性に答えた。
「なんて事…!すぐに近所の人を呼んで来ますから、待っていて下さい。」
男性は放心状態のままであったが、かろうじて私の言葉が理解できたのか、首を小さく何度も縦に振った。 私は彼の方を向いたまま少し下がる。彼は再び自分の掘り当てた亡骸の方に目を向けた。
彼は今、私に背を向けているのだ。
私はゴム手袋をはめ、背中に隠した包丁を手に取り、タオルを剥がす。車椅子から降り、彼から離れた分だけの勢いをつけ、包丁の先端を彼の背中に突き刺した。彼の体が目の前の木に押しつけられる。
数秒間の沈黙。
声を上げさせてはいけないと思い、引き抜いた包丁を再び突き刺す。さらに別の個所へ包丁を突き刺す。突き刺す。突き刺す!自分が老体である事など嘘のように、その行動の繰り返しに夢中になっていた。いつしか男性は地面に膝まづいていた。
返り血の一粒が、私の頬に飛んでき時、我に返った。緑色だったゴム手袋は、真っ赤な塗料で塗りつぶされ、ベトベトである。
すぐに男性を人目のつかない木陰に移そうと考えたが、老体ゆえに、男性の塊を少し離れた場所へ運ぶので精いっぱいであった。
仕方なく、ゴム手袋を裏返し、ベトベトした血の感触を我慢しながら、木の根元に空いた穴に土を戻した。
エプロンを脱ぎ、車椅子に座って、脱いだエプロンとゴム手袋を一緒に丸めて膝に乗せる。幸いなことに、返り血はほとんどエプロンが受け止めてくれたので、車椅子に座っていることもあり、すれ違わない限り服に血が付いているのは分からないはずだ。
心拍数は跳ね上がり、体中から汗が噴き出ていた。
”早くこの場から立ち去りたい”
この早る気持ちが、部屋に戻るまでの冷静さを欠いた原因であった。
私は気付かなかったのだ。
公園とマンションを挟む道を横切る際、公園のフェンスに寄りかかる、一人の女性の姿に…
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